2018.5.10
カジノ(1995)
原題:Casino
マーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロ、ジョー・ペシ、それにシャロン・ストーンが加わった大作。実話をもとに作られていて、人物は創作としているものの、エースやニッキー、ジンジャーは実在した人物がモデルなのだそう。
カジノ(1995)の映画情報
原題 | Casino | ||
---|---|---|---|
制作年 | 1995年 | 制作国 | アメリカ |
上映時間 | 179分 | ジャンル | ドラマ |
映倫 | - |
監督 | マーティン・スコセッシ |
---|---|
キャスト | ロバート・デ・ニーロ |
以下「カジノ(1995)」の感想・評価・レビューの内容は、ネタバレを含む場合があります。
「カジノ(1995)」をまだご覧になられていない方は、十分にご注意ください。
カジノ(1995)のあらすじ・ストーリー
スポーツ賭博の予想屋をしていたサム・ロススティーン通称エース(ロバート・デ・ニーロ)は、賭博の才能を買われカジノ”タンジール”を任された。合法のもと売上を伸ばし、カジノは順調に儲けていった。
ある時出会ったハスラーのジンジャー(シャロン・ストーン)に惚れ込み、ジンジャーを信頼し結婚した。
その後も順風満帆に見えたが、荒っぽくて厄介なニッキー(ジョー・ペシ)が本格的にラスベガスに乗り出してきたことで、狂いはじめる…。
カジノ(1995)をみた記録
愛することは信用することだ
全財産を入れた金庫の鍵だって渡す
それが愛というものだろう
エースのナレーションではじまる。冒頭のこの言葉がとてつもなく刺さった。
結果、彼はブレることなくジンジャーを信用し、すべてを捧げたように見えた。
仕事の関係でもそうで、信用できない人間は即座にクビにしたし、チームに対しても少しでも信用が不足すると思った相手には一線を引いてまず躊躇するようにしていた。
常に冷静だったエースも、絶対的に信用したい妻には手を焼いて、ギリギリまで愛を与えたが酒と薬と男に溺れたまま裏切られた。
妻を信じていると言いつつ、自分にも言い聞かせつつ、どこかで信用していなかった。それは結婚したての頃もそう、きっとジンジャーがいつかは本当の意味で妻として信用できる人間になる期待を持って金庫の鍵を託した。
もしもジンジャーが金をかっさらっていったとしても、それは賭けに負けたようなもので、その時は仕方ないなんて思っていたに違いない。
人を信用できないからこそ、愛するということは信用するということ、と常に考えていたんだろう。
約3時間にもおよぶカジノの世界の裏側。実際にこれだけの悪い奴らがいて、これだけの金が動いたというのはなんら驚く話ではない。
エースたちが経営していたカジノの時代が終わって、大企業が参入したあともきっとそう変わりないはず。
客が賭ければ賭けるだけ店が儲かる仕組みはどんな賭博の世界もいっしょだろうし、なくなるわけもない。
悪いことをすればするほどドツボにハマり、正しい風の方法で儲けていたエースだけが唯一生き残った。
ゼロからやり直すことも恐れていなかったんだろう。
バカな男たちはみんな欲望に駆られて、世界でいちばん金を持ちたくなるものなのか。一度大金や地位を手に入れると、もっともっと欲しくなるものか。豪華な暮らしができるにもかかわらず、もっと欲しくなるものか。
手にした人間にしか分からないけど、きっとあたしもそのタイプになる。だからきっと手に入れられないんだろうし。神様がセーブしてくれてるんだたぶん。
そうゆーマフィアの心情はどうみたって理解できるものじゃないけど、唯一ダメ男にハマる女ジンジャーの気持ちだけは痛いほど理解できた。
誰かに依存していないと生きていられなくて、だけとプライドも捨てられない。最高の男に惚れられても、昔から愛しているダメ男レスターを忘れられない。むしろどんどん愛は増すばかりなんだろう。
愛してるなんて言われると跳ね除けたくなって、愛してると言わない男を振り向かせることに全力になっちゃうんだ。愛なんて口にしない男がたまに言う愛は、金持ちが言う愛してるの何百倍ものパワーがあるもの。
こんなダメ男をすきになったら最後。事故でも起こって記憶喪失になるか、滝に打たれて自分をリセットするかしか逃れられない。鎖に縛られたように溺れる。あたしは克服できていないから、記憶喪失になったり滝に打たれたりして解放されるのかは知らないけど。
金が必要と言われれば用立てる。最愛の男のためだもん、いくらだって渡したい。だけど自分のプライドも捨てられず、ほかの男に泣きついて情を得る。
幸いにも美貌が味方してくれたから、常に勝ち組でいられた。だけどそれも辛抱ならなくなって、忘れられない最愛の男のところへ行ってしまう。
だけど銀行のような旦那から離れられない。最愛の男をどこかで信用していないし、成功する男だとも思っていないから。ただ情だけで、もしくはセックスが良いのか、ほかに保険がないと生きていられなかったってことだ。
結果、ジンジャーは最愛だとおもっていたレスターのもので最期を迎えるのではなく、ひとりで死んでいった。
これぞ孤独なバカ女の最期だ。
周囲には、しあわせを手に入れたように見えただろうけど、まったくもって違かった。金は手に入れたのに、不満しかなかった。
つまり、人は金だけではしあわせになれないってことだ。信用できるひとを得られることでしあわせになれるってことなんだきっと。
ただ、あれだけ頭がよくて金もあるエースも、女ひとりをずっと懐に置いておけなかったのは、それはそれで懐の違いなのかな〜。
ジンジャーのように思い切ったことはぜったいにできないし、金も得ることができないけど、あたしも似たように最愛の男の信用も得られず死んでいくんだろう。
ジンジャーよりひどいやつだ。
カジノの裏社会を描いた映画だけど、あたしはエースとジンジャーとレスターの行方だけが気になってた。
ビバリーヒルズ以降、レスターが出てこなかったのはジンジャーとレスターは結ばれなかったわけでしょ。
レスターといっしょにいたらレスターはエースに殺されてしまうから離れたのか、けっきょくはただの金づるかセックスの相手であって捨てられたのかは分からないけど、自由の身になったのにレスターといっしょにいなかったのは不憫だ。
男はたいがいウソつきだ。女もたいがいウソつきだ。
ウソをつく理由は、浮気心か金しかない。なんて汚い話だ。カジノが舞台でも、その辺の工場が舞台でもどこだって同じことだ。
だから夫婦って素晴らしいのに。絶対的な味方とゆー存在がどれほど大事か。
とっても泣きそうだ。
カジノをみて泣きそうになるなんて予想外だ。
バカ女は、どんな窮地でもバカのままだと教えられ、夫婦ではない関係はいつか終わるし、信用がなければ捨てられるって教えられた。
そしたらエースがもっともまともで、もっとも愛のある人間だったってことだ。
あんなにいい男っているのか?いや、一般の男性はエースから金だけとったような男なのかもしれない。
多少の浮気はするかもしれないけど、この女を一生苦労させずに守っていくって心に決めることをしてる男はたくさんいる。
夫婦ってゆーバリアでガチガチにされてるから、こちらは手足が出ないし出したらいけないだけだ。世の中愛だらけじゃん!素晴らしい世界じゃん!
まだそれをあたしが知らないだけか。なんと情けない。
真実を基に人物は創作である
エンドロールでこう流れて終わった。