2020.5.30
モンスター(2003)
原題:Monster
2002年10月に死刑が執行されたアイリーン・ウォーノスを描いた映画。
主演のシャーリーズ・セロンはアカデミー賞主演女優賞を受賞。監督のパティ・ジェンキンスは初の長編映画なんだって。
ちなみに1991年には「テルマ&ルイーズ」(1991)という映画がアイリーン・ウォーノスをモデルにしているらしく、ただあくまでもモデルであり、大きく脚色されているようで伝記とはされていないのだとか。
映画公開と同年、ドキュメンタリー映画 『シリアル・キラー アイリーン 「モンスター」と呼ばれた女」(2003)も制作されていて、処刑前日のアイリーンへのインタビューもあるらしい。
モンスター(2003)の映画情報
原題 | Monster | ||
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制作年 | 2003年 | 制作国 | アメリカ・ドイツ |
上映時間 | 109分 | ジャンル | クライムドラマ |
映倫 | R15+ | ||
オフィシャルWeb | http://www.cinemarise.com/theater/archives/films/2004012.html |
監督 | パティ・ジェンキンス |
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キャスト | シャーリーズ・セロン |
以下「モンスター(2003)」の感想・評価・レビューの内容は、ネタバレを含む場合があります。
「モンスター(2003)」をまだご覧になられていない方は、十分にご注意ください。
モンスター(2003)のあらすじ・ストーリー
1986年、フロリダ。ヒッチハイクをしながら男に身体を売る生活に疲れ果て、自殺する覚悟を固めたアイリーン・ウォーノス。有り金の5ドルを使い果たそうと飛び込んだバーで、彼女は一人の女性セルビーと運命的な出会いを果たす。同性愛の治療を強制されフロリダにやってきたセルビーもまた自分と同じように社会からの疎外感を抱いて生きていた。初めて自分を偏見なく受け入れてくれる人物と出会ったと感じたアイリーンは、“一緒に暮らそう”と提案する。しかしそのためにお金が必要になった彼女は、再び客を取るため道路脇に立つのだったが…。
引用元https://www.allcinema.net/cinema/319349
モンスター(2003)をみた記録
子どものころ、いくつも夢があっていずれ最高な人生を送るものだと思っていた。いわゆるおませで、早々に娼婦になった。きっとアイリーンにとっては大きく描いた夢が突然目の前にやってくる、心の奥底で夢を信じ続けていたような。というか信じるしかなかったんだろう。アイリーンが選択したのは娼婦。自分には娼婦しか選択できなかった、というか娼婦しか選択肢がなかった、男たちが自分を認めてかわいがってくれたから、そうなるしかなかった、と自身の境遇や環境を語っていた。
幼少のころどんな生活をしてどんな教育を受けたかは一言も描かれていないのだけど、まちがいなくロクな親に育てられていないことは確かだろう。まわりはふつうの女のこたちがいたが、じぶんは隅っこで一匹狼、人より先に大人になった的な回想をみると、ご近所はまともな家が大半で、スラムで育ったわけではないのはわかる。
ずっと夢をみてたアイリーンはある日突然気づく、夢と現実がぜんぜんちがうことに。思っていた大人になっていないことに気づいて、もうこの先もまともに生きていられないだろうとか思うの、すごいわかる。世界にじぶん一人しかいないような、全世界が敵のような、そんな気持ちになることってある。
そんなときたまたま出会ったセルビーと恋に落ちて、さらに人生の破滅にまで向かってしまう。
ふつうの人間ならこうはならない、あたりまえに。2020年でも、とてつもなく安く体を売っている女のこたちがいるだろうけど、このころはそれよりももっと価値が低かったみたいで、お金の価値がちがうとは言え1989年ころのことと思うとおどろくよね。
アイリーンはなぜふつうの人間とちがって娼婦しかできなかったのか。完全に教育がされなかったからとしか思えなかった。
アイリーンが堅気になるといって職を探しているなかで、弁護士事務所に面接にいったときのシーン。「散々遊んできた女が、勉強してきた人間とおなしだと思うな」と罵った。かなりきつめな言い方だけど、面接官の言ったことはなにひとつ間違っていない。勉強してきた人間からしたら娼婦が弁護士の秘書を志望するなんて、あまくみてる、なめてかかってる、と思う方が多数のはずだ。
親てのは、子どもが大人になったときにこう罵られないように教育を与えてあげなきゃならない。もっとちゃんと言うと、人生の選択肢がいくつもできるようにしてあげなきゃいけない。もっと言うと、もしも夢が叶わないとか遠すぎるとか現実は厳しいものだとわかったとき、それならばこうしよう、と考えることを身につけさせなきないけない。
それをさせてもらえなかったアイリーンは、オフィスで働く人間を誰でもできるバカな仕事だと言ったり、13歳から娼婦なんだから大したことないと諦めたり、一切の学がない状態で弁護士事務に行ったりできるんだ。
すべては愛だとおもうよ、あたしもそう思うけど、子どものときになにをしておくべきか分からないし分別もなかったときに、なにも与えてくれなかった、つまり愛情を与えられなかったアイリーンが不憫でならないね。すべては愛だ、ずっとあたしは信じてる、と言い聞かせてるアイリーンは、親の愛情をもらえなかった子なんだなと思ってかなしかった。
一方セルビーは、不良少年にちょっかい出されて最初は本気モードに火がついていたけど、徐々に火は消え、箱入り娘にもどる世間知らずな女のこ。彼女もまた教育が足りないといえばそうかも。じぶんは傷つかないけど、人が傷つくことを想定できずに脳天気に生きてる。今でもこの手の人間は大勢いる。勝手な想像だけど、アイリーンに出会っていなければ、若くして結婚してずっと旦那の文句をグチるような身勝手な主婦とかになってそうな。
かなり偏見かもしれないけど、教育を与えられなかったひとりの不幸な女性が、じぶんの力でも未来を切り開けず、底辺の底辺でもがき続け愛に裏切られたモンスターの人生。